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チベット潜行十年

チベット潜行十年  木村 肥佐生著  毎日新聞社 1958.7.5/中公文庫 1982.7.10

調査使命を帯び、蒙古から中国奥地を経てチベットに至り、インドで終戦を知る。ラマ僧衣を身にまとった日本青年の驚異的探検記。それはまた、チベットが中国に併合される以前を伝える最後の、稀有にして貴重な記録である。(中公文庫の裏表紙より)

 巡礼僧を装って知り合いのラマ僧とその妻と共に内蒙古を発ったのは昭和18年、著者21歳のときのことです。昭和21年にインドのカリンポンで別れるまで三人は苦楽を共にします(青海蒙古から犬も一緒に)。二人と別れるときの著者の言葉からせつなさが伝わってきます。
 ラマ僧の姿に変えるとき、著者は長年親しんできた‘弁髪’を切ったということで…、戦前の頃でも弁髪をしている人がいたんですね。

 ラクダ、馬、徒歩で、砂漠、大草原、雪山を越え…、現在もこのようにいして移動する人々があるかもしれませんが、今では考えられないような旅です。著者の壮大で厳しいチベット行に憧れを抱きつつ、自分には難しいと思いながら読みました。文明の利器に囲まれた私には、ですね。
 
 チベット人、蒙古人といっても、地域によって気質、発音、服装など違いがあり、「××人」の前に地域名を載せて呼んでいます。ほかに多数の民族が中国西北部に暮らしており、遊牧民族のコサックも青海省に南下して来てました。ここでコサックの名前を聞くとは思いませんでした。
 もう一人、『セブンイヤーズ・イン・チベット』のハインリッヒ・ハラーの名前も登場します。ちょうどラサに滞在中でした。

 最初に出版された毎日新聞社版には、写真や地図が数多くあります。ですが文庫版ではかなり省かれています。そのかわりにダライラマ14世が序文を寄せています。
 昭和33年に出版された古い本ですが、現代の若者も書くような文章で読みやすかったです。
 

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# by ruksak | 2012-05-12 16:55 | 旅の本 | Trackback | Comments(0)

ゾウさんはただいま出張中  ('03年作)  4 

 村の中心へ戻る途中、バスで隣り合わせた女の人の家のそばを通った。その人は暑さで茹っていた私を見て、冷たい水をご馳走してくれた。洗顔用に用意してくれたボウルには氷水が入っていた。やさしい心遣いがありがたかった。

 村の十字路で帰りのバスを待っていると、「ニホンジン?」と声をかけられた。
「7年くらい前、日本に行ったよ。福岡、ヨカトピア。2ヶ月間、象の調教師。…日本語、忘れたよ」
「いや、そんな、日本語、上手ですよ。エレファントビレッジに象を見に来たけど、子どもの象しかいなかった」
「象? 遊園地に行ってる」
 元調教師のこの男性の話によると、大きな象は遊園地やイベント会場に出稼ぎに行っていることが多く、ここには象祭りや農繁期のときぐらいしかいないとのことだった。
「象は今どこにいるの?」
「ミツイグリーンランド」
「ん? ミツイグリーンランンド?」
「ホッカイドウ」
 ! 札幌の隣町にある三井グリーンランドのことだ。そういえば『象さんの大運動会』ってTVコマーシャルしてたっけ。その象たちがここの象だったなんて。北海道からこんなに離れたところでその名前を聞くとは思ってもいなかった。
 北海道と縁もゆかりもなさそうなヤシの木茂る南の地で、北海道が呼び起こされた。懐かしさが心にふっと湧いた。象と一緒に来ている調教師たちも故郷が恋しいかもしれない。

 旅行から帰ったあと、タクラーン村で撮った写真を持ってかの遊園地へ行ってみた。その日は夏の終わりを告げるような寒々とした日だったが、象たちは元気にパフォーマンスしていた。サッカー、組体操、有料で観客を乗せて歩いたり…。
 舞台裏に回って、調教師のおにいさんたちに写真を見せると皆喜んでくれた。代わる代わる見に来ては、「うちの近所だ」とか、「このおばさん知ってる」など口々に言っていた。屋台のラーメンや炒めご飯の写真を見て、「あー食べたい」とせつない声を出す人もいた。写真を見せたことで却ってホームシックにさせてしまったかな。でもここの運動会もあと半月だ。ガンバレ、象とおにいさんたち。

 月日が経つのは早いもので、象に会いに行ってからもう何年にもなる。今年はどこで活躍しているだろうか。子象くんたちも今は立派なサッカー選手になって海外遠征に参加していることだろう。いつかどこかで君たちの雄姿を見るのを楽しみにしているよ。 

(ゾウさんはただいま出張中  完)
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 *三井グリーンランド…岩見沢市の、現・北海道グリーンランド です



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# by ruksak | 2012-04-24 11:18 | タイ | Trackback | Comments(0)

ゾウさんはただいま出張中  ('03年作)  3

 運転手さんにここだよ、と言われて降りたところは野っぱらで、田畑以外何も見えない。唯一、 “Elephant Village”(エレファントビレッジ)と英語で書かれたゲートが立っていた。
 ゲートをくぐったところは運動場で、運動場を超えた向こう側に建物と人影、そして二つの小さな黒い塊が見えた。そちらのほうに行ってみると、黒い塊は子どもの象だった。
 ビレッジというから村や集落があるのかと想像していたが、象の調教施設のことだった。だが、エレファントビレッジというわりにこの二頭しか見当たらない。子象の世話をしていた女性にほかの象がどこにいるか尋ねたら、田んぼの向こうを指差す。あっち? 山の方? 遠くに行っていないの?
 どこに行ったかわからないけれど、象がいない。参加者がいないのではなくて、象がいないからツアーがなかったんだ。とんだ勘違いだった。

 象の調教が見られなくてもこの子たちがいれば十分。この二頭はどうやら双子らしい。
 子象たちは人間の大人のおなかぐらいの高さ。お鼻がブランブラン、体をゆらゆら、まつげが長い。子象と人を隔てる囲いはないので、すぐそばで象と触れ合える。象の毛は見た目より硬くてゴワゴワしていた。
 しつこく付きまとう私とは対照的に、子象たちは私の姿が見えないかのようにマイペースだった。世話をしている人の指示には従っているので、「知らない人に話し掛けられてもついていってはいけない」お言い付けを守っているのかな。でも、相手をしてくれないのでちょっと寂しい。

 まったく愛想のない子象たちをひとしきり撫でてエレファントビレッジを離れた。
 エレファントビレッジは周りが水田で囲まれている。ため池では水牛が水浴びしていた。ところどころに見えるヤシの木が南国情緒をかもし出している。時計の進み方が都会より二倍も三倍もゆっくりしているかのようだった。

<最終回へ

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# by ruksak | 2012-04-22 08:31 | タイ | Trackback | Comments(0)

ゾウさんはただいま出張中  ('03年作)  2

 遺跡巡りのために滞在したスリンは、象の町としても知られている。毎年11月に象祭りが盛大に開催される。象祭りの様子は新聞やニュース番組のどこかでトピックスとして取り上げられるから、聞いたことがある人もいると思う。
 観光局でもらったパンフレットには、近くのタクラーン村で象の調教が行われていると書いてあった。しかもスリンから『エレファントビレッジ(象の村)象の調教見学ツアー』が出ているとある。
 ツアーデスクがあるという町一番のホテルで聞いてみると、参加者がいないので、残念ながらツアーが催行されないという。かわりに、エレファントビレッジへは路線バスでも行けると教えてくれた。

 バスターミナルからタクラーン村行きのバスが出ていた。
 トラックの荷台を改造した、とってもローカルなバスだった。荷台バスでわかるとおり、このバスは人だけでなく、物資の運搬を兼ねていた。まさに住民の生活を支える交通手段になっている。だからバスの中で観光客然としていたのは私だけで、私はかなり浮いた存在だった。
 田舎道でバスが弾んだ拍子に、行き先を書いたメモが胸のポケットから飛び出した。メモは風に乗ってひらひらと舞って窓の外へ流れていった。一番前に座っていたからかもしれないが、他の乗客の視線も紙の行方を追っていたのが可笑しかった。

 バスはいくつかの村を巡りながら田園地帯を駆け抜けた。人と荷物でいっぱいだった車内は2時間も走ったころにはだいぶ空いていた。

<3へつづく、ゾウさん登場です

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# by ruksak | 2012-04-21 10:38 | タイ | Trackback | Comments(0)

ゾウさんはただいま出張中  ('03年作)  1

(本日から'96にタイの田舎を訪ねたときのエピソードです、4回の予定、です)

 2003年春、東南アジアを旅行中の友人からメールが届いた。
「今どこだと思う? シェムリアップ!!」
 この友人とは1996年にアンコールワットを一緒に旅した仲だった。また行ったんだ。いいなあ。
「すっかり変わったよぉ。観光客が増えたよぉ。アンコールワットに日の出を見に行ったらサ、前は寺院には20人くらいしかいなかったよね。今朝は千人もいたよ! 前のほうが町も遺跡も穏やかでよかったね」
 20人より多かった気がするし、千人というのもオーバーに思えるけれど、そう感じるくらい観光客が増えたと伝えたかったんだね。
 アンコールの遺跡群は92年に世界遺産にも登録され、カンボジアの大切な宝である。96年の旅では、千年近く前に建てられた巨大遺跡群を目の前に、ただただ圧倒されるばかりだった。

 そのときの旅では、アンコールワットのあと友人と別れてひとりタイに残るクメール遺跡を訪ねて歩いた。
 タイではバンコクから東へ約460キロ、スリンの町を基点に遺跡を見て廻った。ピマーイ、パノム・ルン、シー・コーラプーム、サ・カンペーン・ヤイ、などなど。どの遺跡もアンコールワットとは比較にならないぐらい規模が小さかった。
 しかし、崩れた部分は補修され、遺跡によっては遺跡自体は崩れたままでも、遺跡の周りはすべて歴史公園として整備されていた。政情の違いがこんなところにも反映している。アンコールワット周辺の遺跡は修復中か、手付かずの荒れたままになっているものが少なくなかった。現在どこまで修復されているか確かめていないが、アンコール遺跡群もカンボジアの復興を心待ちにしているはずだ。
 タイのクメール遺跡はアンコールワットほど知られていないが、数年前からピマーイとパノム・ルンの遺跡を組み込んだパッケージツアーが見られるようになった。
 これらの神殿が建てられた時代はタイもクメールの勢力範囲の中にあったわけで、アンコール遺跡から何百キロも離れたところで同じ様式の遺跡を目にして、はるかな時の流れに思いを馳せた。タイのクメール遺跡も多くの人に見てほしい。

<2へつづく

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 この間、テレビでシェムリアップの町を見ました。
 すっかりおしゃれな、都会的な町になってました。
 タイのクメール遺跡も当時に比べて知名度は上がったようですね。



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# by ruksak | 2012-04-17 10:24 | タイ | Trackback | Comments(0)

日の目を見なかった投稿文 

 この2年ばかり、4月に旅行を計画して、“実はあさってから…、”と、出発をお知らせしてました。
 しかし、今年は、ありません、淋しいです。夏に行けるかなあ…。
 
 そして、ついにこの日が来てしまいました。と、思っているのはたぶん私だけで―。
 直近の旅の話題が終わってしまいました。これからは過去の旅を振り返ればいいのですが、そういえばこんなものがあったと思い出しました。

 インターネットがこれほど普及する前、雑誌などに旅に関わる文章をときたま投稿してました。掲載されたこともありますが、当然のことながらその多くはボツです。
 原稿はできているのでこれをブログに発表すればいいかな、と。
 その第一弾が ↓ です。次回以降からはもう少し長い文章になります。
 いつもとトーンが違いますが、なるべく手を加えずに書いた当時の文章を生かしたいと思います。

 また、更新の間隔が空くかと思いますが、ゆっくりのんびり気長に構えてください。

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# by ruksak | 2012-04-08 23:49 | ごあいさつ | Trackback | Comments(0)

サキャ 写真女の子 ('98年作)

 昨年7月、中国チベット自治区を旅した。チベット仏教サキャ派が興った小さな村を訪ねたが、そこは巡礼者はもちろんのこと、観光客もよく訪れるという。そのため村の子供達が妙に観光客慣れしていたのが可愛くなかった。
 ちょっとでもカメラを取り出すと、子供達が「フォト、フォト」と我々観光客を取り囲む。不思議なもので写真をせがまれると撮りたくなくなるものだ。子供達をシッシッと追い払う始末。旅先ではいつも土地の子供達を撮りまくっているというのに。 
 ほとんどの子供が諦めていったなか、二人の女の子がどこまでもついてきた。完全無視の態勢を取ったのだけれど、年の頃十才前後の女の子達はちっとも諦める風がない。
 女の子達は、何かヒソヒソ話した後、背後で歌を歌い始めた。歌をプレゼントする代わりに写真を撮ってっていうこと? 女の子達は歌の次にチベットダンスを踊り始めた。
 たかが写真のためにそこまでするなんて。
 私にとってはたかが写真でも、彼女たちには貴重な写真ということなのか。
 観光客が自分達のことを撮りたがっていることを、子供達は知っている。そして、頼めば写真を送ってもらえることも。とある広場を通りかかった時、そこで糸を紡いでいた女性や子供達が、送られてきた写真をうれしそうに回し見していた。
 ダンスでも写真を撮ろうとしない私に、女の子の一人がキャンディーを差し出した。小学生からお菓子をもらうようになったらお終いだ。彼女達に根負けした。写真を撮ってあげるけど、ダンスをしているところだよ。
 女の子達はさっきよりも瞳を輝かせて踊り始めた。踊る前にちゃんと身繕いするところが微笑ましい。
 写真の送り先は、村の小学校宛だった。私の写真も学校の中を飛び回っただろうか。

 <チベット自治区サキャ/建物の配色、グレー・白・エンジはこの町独特、チベット仏教サキャ派のシンボルカラーになっている>

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# by ruksak | 2012-04-08 23:45 | 中国 | Trackback | Comments(0)

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