カテゴリ:インド( 6 )

カシミール キャンピング  ('03年作)  6(最終回)

 最後の山歩きの日は、朝、登校する子供たちと一緒になった。
 キャンプサイトの近くの集落に彼らの学校があった。民家と思っていた建物が小学校だった。ちょっと見学させてもらった。建物が教室と先生の住居の二つに分かれていた。この学校は夏季のみの分校のため、学校がある間、先生がここで寝泊りしているそうだ。仮住まいなので室内にはベッドと食器など、身の回りのものが少しあるだけだった。
 隣の教室も黒板と教卓のほかは何もなく、低学年の児童が20人くらい床の上に座って授業が始まるのを待っていた。みな横長のショルダーバッグに勉強道具を入れている。突然の来訪者に興味津々の顔や、ノートで顔を隠す恥ずかしがり屋さんや…、子供たちの中に見た顔があった。羊を追っていた子に、キャンプサイトに遊びに来た子たちだ。

 ソナマルグのよい子たちに聞いてみた。
「学校は好きですか」「イエース!」
「お父さんやお母さんの手伝いをしますか」「イエース!」
「弟や妹の面倒をみますか」「イエース!」
「牛や羊は好きですか」「……ノー……」
 あらっ、さっきまでの元気はどうしたの? 働き者の君たちだけど、家畜の世話はほんとはやりたくないのね。

 この子たちが大人になったとき、カシミールに平和は訪れているだろうか。
 私たちを案内した少年の父親は、息子を政府関係の仕事に就かせたいと語った。カシミールの主な産業は農業と観光だが、どちらも天候や景気、政情に左右される。公務員なら給料が安定しているから。80年代の終わりに激化した紛争もだいぶ収まって、今年は観光客が紛争前の六割ぐらいに戻った、来年は八割まで回復するだろうと期待していたのに。その翌年核実験の応酬があってまた危険な状態になってしまった。

                                          

 ツーリストインフォメーションでもらったトレッキングマップを見ると、二日目に昼寝をした場所はそのトレッキングコースの極々はじめの部分だった。その先はどうなっていたんだろう。通り過ぎていったあの人たちはどこまで行ったのだろう。カシミール渓谷に思いを残しつつ冬の足音近いソナマルグを後にした。
 5日ぶりのハウスボートには暖房用の薪が運び込まれていた。


(カシミール キャンピング  完)
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by ruksak | 2013-03-08 10:11 | インド | Trackback | Comments(0)

カシミール キャンピング  ('03年作)  5

 お弁当を食べておなかがいっぱいになるとまぶたが重くなる。さんさんと降り注ぐ太陽の日差しが眠気を誘った。やわらかな草の上に三人思い思いに横になる。青空に白い雲がゆっくり流れていく。いたずらポニーは少し離れたところで草を食んでいる。風の声を聞きながらしばしお昼寝。こんなのどかな午後は一年の内に何日もない。わざわざカシミールまで行かなくても大雪山や美瑛の丘でも幸せは味わえるのにね…。

 けれども、こののどかさは緊張と隣り合わせだった。登ってくる途中に軍のキャンプがあった。そこでトレッキングのポリスチェックを受ける。ソナマルグのキャンプサイトの隣には軍の基地があった。
 カシミールの話題というと、トレッキングよりも国境紛争絡みのテロ事件が圧倒的に多い。カシミールがトレッキングのメッカということをいったいどれくらいの人が知っているだろう。紛争の前線はトレッキングが許されているところよりもだいぶ先だから、目の前で戦闘があることはもちろんなかった。目にするのは山の景色と素朴な人たちが暮らす山間の集落だ。
 このあたりには半遊牧民グジャが羊やヤギを連れてジャンムーと季節往復している。鍋、釜、その他のわずかな家財道具と家族を伴って、テント、あるいは家畜小屋と見まがうような丸太と土でつくった山の家で暮らしている。
 このように書くと、山の民イコール貧しい民ととられてしまう。持ち物の量が豊かさの基準ではない。彼らは彼らに受け継がれてきた暮らしを続けているにすぎない。
 小川でグジャの女の子たちが洗濯していた。声をかけると笑顔がかえってきた。彼らは概して人懐っこい。

 草の上でまどろんでいると、ふもと側から甲高い話し声が聞こえてきた。アメリカ人と思われる中年の女性二人と、ガイドとコックであろう合わせて4人が、それぞれポニーに乗ってやってきた。そうして我々の前を通り過ぎて丘の向こうへ消えていった。


<最終回へつづく
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by ruksak | 2013-03-07 10:39 | インド | Trackback | Comments(0)

カシミール キャンピング  ('03年作)  4

 二日目の山登りは、登りがずっと続くわけでなく、登りと平坦な道の繰り返しだった。その日はふた山ほど超えたところの草地で昼食を取った。
 毎日コックのバシールがピクニックランチを持たせてくれた。野菜サンドやコンビーフサンド、チーズサンドなど、いつも二種類以上のサンドイッチと、そして茹でじゃがと生のにんじんが丸ごと。にんじんは日本のものと違って細身なので、カットしなくてもにんじんスティックになる。ほかにバナナとナッツ。ピクニックのお弁当でもこんなにバラエティ豊か。コックは男性だけど、母の愛を感じてしまった。

 テントでの食事もキャンプとは思えない豪華メニューだった。朝はトーストとお茶と、日によってポーリッジも。ポーリッジはオートミールを牛乳か水で溶いて温めたお粥で、イギリス人が朝食に好む。
 山から帰ると、まずおかえりなさいのお茶とビスケット。夕食はスープからはじまって、メインのカレーが二品とデザートで締めくくる。初日の晩のデザートにアーモンドとカシューナッツで飾り付けしたカスタードが出たときは感激した。スープの素などインスタントものを使ったりしていたが、料理はたいへん手馴れていた。

 それから、テントの近くで鶏を二羽放し飼いにしていた。ソナマルグに向かう途中で食材として買ってきたものだ。ソナマルグに滞在中に鶏が一羽ずつ見えなくなった。山歩きから帰って鶏の姿が見えなくなった日の夕食はチキンカレーだった。


<5へつづく
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by ruksak | 2013-03-06 10:00 | インド | Trackback | Comments(0)

カシミール キャンピング  ('03年作)  3

 そういうわけで、我々二人が体験した「さわり」の中身は、滞在中の一日目が氷河見物、二日目が氷河とは反対側の、泊りながらトレッキングする予定だった山へ登れるところまで。三日目はラダック方向の峠に向かって道路沿いを行けるところまで。一日目と三日目は比較的なだらかで、二日目が山登りらしく登ったり下りたり起伏に富んでいた。

 一日目は氷河の先端まで3キロの道のりを歩いた。羊たちを横目に放牧地を横切り、急な斜面は片手をつき、丸太を渡した小川はそろそろと渡って、目指す氷河にたどり着いた。
 間近で見る氷の塊は、土で汚れて一見地面か氷かわからない。春先に家の近所でよく見る氷とかわらない…などと、近所の氷といっしょにしてはいけない。この氷は、はるか昔、我々が生まれるずっと以前に舞い降りた雪が、長い年月をかけて麓まで下りてきて、人の目に触れるところとなったのだ。

 とはいえ、旅番組に出るようなダイナミックな氷河が見たかった。この先に見える大きな氷河のところまで行きたい。だが、案内してくれた男性に危険だからと止められた。「羊も人もいないでしょ。危険だからだ」と。
 我々が立っていたところは草も木も生えていないガレ場。氷河でえぐられたU字谷に外界が遮断されて、宇宙的な空間が広がっていた。キャンプ場からここに来るまでに家畜を追った遊牧民を見かけたが、そこには我々三人しかいなかった。男性の言葉には説得力があった。
 いや、男性は早く帰りたくてそう言ったのかな。石ころしかないなら、草が生えていないなら、羊がいるわけないよね。

 二日目、三日目は道案内した15歳の少年がポニーを連れていた。山の中へキャンプを移動するには一頭では足りない。したがって少年のポニーはトレッキングのお供としていっしょに歩くのみなのだ。
 中国人青年レオンはキャンプの間疲れていたようで、よくポニーに乗っていた。
 このポニーが賢いというか馬らしいというか、人をちゃんと見ていて、馬に慣れてないとみると時たま振り落とそうとする。飼い主である少年の父親の前では従順ないい子でいるのに、飼い主がいないと少年の言うことも時たま聞かない。こうしてレオンは何度か災難にあった。


<4へつづく
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by ruksak | 2013-03-05 10:24 | インド | Trackback | Comments(0)

カシミール キャンピング  ('03年作)  2

 町に入る手前の川べりがキャンプサイト用にきれいに整地されていた。広い敷地内にテントはまばらで閑散としていた。
 9月はトレッキングシーズンなので本来ならトレッカーでにぎわっているはずだ。トレッカーが少ないのはパキスタンとの国境紛争のためにほかならない。ひところより紛争が落ち着いたといってもカシミールは旅行者からまだ敬遠されている。どのガイドブックもカシミールへの旅には消極的だ。カシミール行きを勧めているのはデリーの旅行代理店ぐらいだ。

 キャンプサイトの横を十分な水量をたたえた川が流れていた。エメラルド色の清流に手を浸してみる。冷たい!! この水で炊事、洗濯、それに水浴するインド人も。
 澄んだ空にまっすぐ伸びた木々たち。折り重なるヒマラヤの山々…。
 ソナマルグに着いて最初につぶやいたこと。
 ああ、私は山好きだったんだ―。
 そういえば初めてのヨーロッパはスイスだった。ロンドンやパリでもない、スイスアルプスだった。

 ところで、「四泊五日のトレッキング」というとたいそうなことに聞こえるが、実際はキャンプサイトから日帰りで毎日ほんの少し歩いただけだった。トレッキングというよりもキャンプに行ってきましたという方が正しい。
 ハウスボートで聞いた説明では、少なくとも二泊は山の中にテントを張って山の霊気を感じる素晴らしいトレッキングという触れ込みだったのに、山へキャンプ道具を運ぶポニーが見当たらないとか、橋が壊れていて川を渡れないとかなんとかいって川岸のキャンプサイトからテントを動かすことはなかった。トレッキング代にはポニー代も含まれているはずだからポニー代分を返せと言いたいところだが。
 それに道案内は現地で調達した地元の人で、そのうちの二日間は15歳の少年だった。アレフはガイドとは名ばかりで何もしなかった。一日はトレッキングパーミットを取りに行かなければいけないからということだったけれど、彼は我々を一度も山に引率していない。

 しかし、これ以上文句をいうのはやめる。山の神様に失礼だ。山の神様はさわりだけでもカシミール渓谷の素晴らしさを我々に与えてくれた。
 だが元をただせば、トレッキング代を値切りに値切ったことがこのようなことになった原因かもしれない。だとすると割を食ったのはレオンだ。トレッキングをアレンジした人から、彼と料金の話は絶対にするなと口止めされていた。レオンは私の倍の金額を払っていたそうだ。私が悪の根源だとしたらレオンにすまないことをした。


<3へつづく
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by ruksak | 2013-03-04 11:14 | インド | Trackback | Comments(0)

カシミール キャンピング  ('03年作)  1

f0036820_10394743.jpg '97年9月にインドを2週間旅しました。
 行き先はデリーとカシミール地方。
 デリーの旅行代理店でカシミール観光を強力に勧められて、ラダックへ向かう途上にあるスリナガルに立ち寄りましたが、結果的にカシミール中心の旅になりました。
 カシミール紛争が落ち着いていたときだったのでカシミール地方を訪ねることができました。

 今日からの文章はカシミールでトレッキング・ツアーに参加したときのことを投稿したものです。
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 山が呼んでいるわけでは決してなかった。
 旅行代理店にのせられた山行きだった。
 だが、こうして、ハウスボートのベランダから湖を眺めていると心が安らぐ。
 明日はいよいよヒマラヤの山々に抱かれにいく。

                                            

 旅の始まりはデリーだった。ラダックへ行くつもりでインド入りしたものの、ノーと言えない日本人丸出しでカシミールに送り込まれ、さらに四泊五日のトレッキングへ。ラダックへの峠越えはついにかなわなかった。

 私にとって、「灼熱」のデリーに比べスリナガルは天国だった。しのぎやすさがなんともいえない。北海道のような季節感に親しみを覚えた。ムガール帝国の皇帝達が避暑地として好んだ気持ちがよくわかる。
 スリナガルでは湖に浮かぶ、かの有名なハウスボートに泊まった。そこでトレッキングをしつこく勧められた。ラダックに行って帰ってくるには日程的に厳しそうな気がして行く先を変えたのだった。はじめに山が呼んでいるからではないと述べたが、山の風景にひかれていたのかもしれない。チベット文化に触れる以上に。

 トレッキングのメンバーは、イタリア語圏のスイス人ガイド、アレフとカシミール人コックのバシール、そしてゲストふたりの合計4人だった。ガイドのアレフは3年ほど前から夏の間こちらに滞在して山岳ガイドをしている。アレフによるとバシールの料理の腕はピカ一で、以前トレッキングに参加した人が他のコースを誘われたときに、「次もバシールがコックなら行ってもいい」と言ったほどだそうだ。ゲストのもう一人は25歳の中国人青年レオン。李勇(リー・ヨー)という名前だが、外国人には中国名が覚えにくいのでレオンと名乗っているそう。北京の芸術大学の学生で、すでに広告代理店からイラストの仕事を受けているという。電通や博報堂からも依頼がくるそうだ。

 我々一行を乗せた車は一路ソナマルグを目指した。スリナガルからラダック方向に80キロほど行ったところにソナマルグという町がある。そこがトレッキングのベースキャンプになる。街道に沿って百メートルぐらい商店が並んでいた。ソナマルグを過ぎるとラダックまで大きな町はない。


<2へつづく
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by ruksak | 2013-03-01 15:24 | インド | Trackback | Comments(4)


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